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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)28号 判決 1985年10月23日

原告

中山英一郎

外九名

原告ら訴訟代理人

小野誠之

堀和幸

被告

浪江司

被告

杉本昭男

被告ら訴訟代理人

納富義光

主文

一  被告らは各自京都市に対し、金七〇万九四〇〇円、及びこれに対する昭和五七年九月四日より右支払まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

(原告らの求める裁判)

主文一、二項同旨の判決と仮執行宣言。

(被告らの求める裁判)

請求棄却、訴訟費用原告ら負担の判決。

(原告らの請求原因)

一  原告らは京都市の住民である。

二  京都市は、同市左京区大原大見地区に広域公園を設置しこれに関連して、仮称市道小出石・大布施線を建設する計画を有していたが、右道路建設工事を横田建設株式会社に請負わせた。同社及び下請の千原組は、昭和五六年九月一四日ころから同年一〇月九日までの間、同市所有の同市左京区大原小出石町一一一一番三保安林六九二平方メートルほか二筆の土地(以下本件土地という)の土砂を削り、ならすなどして道路状の形状に変更する工事(以下本件工事という)をした。

ところが、その当時本件土地は農林水産大臣より水源かん養保安林に指定されており、本件工事当時には保安林指定解除告示がされていなかつたから、本件工事は森林法三四条二項に違反する違法なものであつた。

そのため、京都市は昭和五七年二月末から三月初めにかけて、右違法工事の原状回復措置として、二年生の杉苗約一〇〇〇本を本件土地に植栽し、その費用として七〇万九四〇〇円を支出し、これと同額の損害を被つた。

右工事は京都市建設局の所管事務であつたが、右の当時、被告浪江司は京都市建設局長、被告杉本昭男は京都市建設局建設企画室長であつた。

三  被告らは相謀つて違法な本件工事をさせたものである。

四  被告らは右当時、本件土地が保安林であつて、その解除申請がされたが、昭和五六年九月一一日時点ではその保安林解除処分も形質変更許可も未だされていないことを知り、また森林法三四条二項のあることも知つていた。

そうすると、被告らは違法な本件工事をさせて、京都市に損害を生ぜさせたことについて、故意又は過失がある。

五  原告らは被告らの違法な本件工事により京都市が被つた損害の回復を求めて、昭和五七年六月一六日京都市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求をしたが、同監査委員は同年七月二三日この請求を棄却した。

六  被告らの請求原因三の事実の自白の撤回には異議がある。仮に、本件違法工事を被告らがさせたものではないとしても、これは被告らの下僚である京都市建設局建設企画室北部開発課長が命じて着手させたものであり、被告らは右のような違法行為をしないように右課長を指導、監督すべき職務上の義務を怠つたものであるから、この点で重過失がある。

七  よつて、原告らは地方自治法二四二条の二第一項四号により京都市に代位して、被告らが連帯して京都市に対し、同市の受けた損害七〇万九四〇〇円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五七年九月四日から右支払まで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

(被告らの認否と主張)

一  請求原因一、二の事実は認める。

二  請求原因三の事実について、被告ら代理人は本件第一回口頭弁論期日(昭和五七年一〇月八日)にこれを認めたが、第七回口頭弁論期日(昭和五八年一一月一八日)には右自白を撤回し、原告ら主張のように被告らが本件工事をさせたことは否認する。

三  被告ら代理人が請求原因三の事実について右のとおり真実に反する自白をした原因は、(一)被告ら代理人自身が自ら、京都市事務分掌規則、局長等専決規程等を参照しなかつたこと、及び(二)被告ら代理人が当時の京都市建設局建設企画室北部開発課長太田武之からより詳細に計画道路着工に至るまでの経過を聴取しなかつたことにある。右自白は真実に反しかつ錯誤に出たものである。

四  請求原因四の事実のうち、被告らが原告ら主張の事実を知つていたことは認める(被告らの答弁書一(4)、昭和五八年五月一日付準備書面(3))。被告らに故意、過失があるとの点は争う。

五  被告らには、違法な本件工事をさせたことに、故意又は重過失がない。

公務員が国又は地方公共団体に対して損害賠償責任を負担するのは、当該公務員に故意又は重過失がある場合に限られるというべきであるが、被告らに認められるのはせいぜい軽過失であつて、故意や重過失がなかつたことは、次のことから明らかである。

(一)  京都市においては、最近にも、保安林について、指定解除告示前に、形質変更の道路工事に着手した例が三件あり、(二) これにつき監督官庁から何ら注意を受けたことがなく、(三) 本件工事についても京都林務事務所主査池田高義は昭和五六年八月一九日、及び同年一〇月二日の二回に亘り、保安林指定解除前の道路工事を黙認しており、(四) 本件土地に近接する工事影響区域については、既に、正式の形質変更許可が与えられており、保安林指定解除の見通しが確実視されていた。

これらの事実の下では、被告らに京都府の黙認に対する甘えがあり、計画道路区域内における保安林指定解除や形質変更許可がことさら被告らの意識に上ることはなかつたと推測される。しかし、被告らに加害の認識までなかつたことは容易に断定できる。このように加害の認識のないところに故意は認めるべきではない。

また、右(一)ないし(四)の事情の下では、誰でも同様のミスを犯すであろうと推測されるから、被告らに重過失を認めるのは酷にすぎる。

六  請求原因五の事実は認める。

七  請求原因六の事実のうち、北部開発課長太田武之が本件工事を命じて着手させたことは認める。右工事の着手は局長等専決規程等により北部開発課長がその権限と責任により決定すべき事項であつて、被告らには指導監督を怠つた過失はない。

(証拠)<省略>

理由

一当事者

原告らが京都市の住民であること、昭和五六、七年当時被告浪江司が京都市建設局長、被告杉本昭男が京都市建設局建設企画室長の地位にあつたことは当事者間に争いがない。

二違法工事と原状回復費用

京都市が同市左京区大原大見地区に広域公園を設置し、これに関連して仮称市道小出石・大布施線を建設する計画を有していたこと、右道路建設工事を京都市より請負つた横田建設株式会社及びその下請の千原組は、昭和五六年九月一四日ころから同年一〇月九日までの間、同市所有の同市左京区大原小出石町一一一一番三保安林六九二平方メートルほか二筆の土地(以下本件土地という)の土砂を削り、ならすなどして道路状の形状に変更する工事(以下本件工事という)をしたこと、本件土地は農林水産大臣より水源かん養保安林に指定されており、右工事当時には保安林指定解除告示がされていなかつたから、右工事は森林法三四条二項に違反するものであつたこと、被告らが後記三のとおり本件工事をさせた当時に、本件土地につき保安林指定解除告示がなされていなかつたことと森林法三四条二項が存することを知つていたこと、京都市は昭和五七年二月末から三月初めにかけて、右違法工事の原状回復措置として、二年生の杉苗約一〇〇〇本を本件土地に植栽し、その費用として七〇万九四〇〇円を支出せねばならなかつたこと、原告らが被告らの違法な本件工事により京都市が被つた損害の回復を求めて、昭和五七年六月一六日京都市監査委員に対し、住民監査請求をしたが、同監査委員が同年七月二三日この請求を棄却したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

三被告らの指示

被告らが相謀つて本件工事をさせたことは、当事者間に争いがない。

被告らは、第一回口頭弁論期日で右事実を自白したが、それより一年余経過した第七回口頭弁論期日において右自白を撤回し、被告らがそのような本件工事をさせたことはないと主張を変更し、証人太田武之の証言、被告ら本人尋問の結果には右新主張に添う部分がある。しかし、次の諸点を考慮すると、右証言、本人尋問の結果は容易に信用することができず、本件全証拠によつても、右自白が事実に反するとか、錯誤に出たものとかと認めることができない。

1  本件訴訟は、団体としての京都市の責任ではなく、被告らの個人としての責任を追及する訴訟であり、しかも本件工事が違法であることに争いがないから、被告らの本件工事指示の有無は、請求原因の根幹をなす最も重要な事実である。

右自白は訴訟代理人弁護士によつてされたものであるが、弁護士はこのような重要な事実であつて、しかも本人自身の行動について、代理人として自白するに当つては、事前に、少なくとも本人の供述を聞いて、その主張事実の真否を確認し、その供述が本件工事をさせたと評価できるかについて検討を加えるのが通常である。経験の深い弁護士である被告ら訴訟代理人がこのようなことを怠つたとは考えられないし、右代理人自身も太田武之からは事情聴取をしなかつたと主張しているが、被告らから事情聴取をしていないとは主張していないから、右の自白は被告らの代理人に対する説明にもとづいてされたものと認められる。

2  右自白の対象となつた行為は、被告ら自身の行動であるから、被告らはそれにつき最もよく知つている人物である。そのうえ、成立に争いのない甲四号証の四、五によれば、昭和五六年一〇月二三日の新聞に本件工事が森林法に違反する旨の報道がされ、同年一二月二三日ころには被告ら個人が森林法違反の被疑者として告発されたことが認められるから、被告らは右自白のころにおいても自らの本件工事への関与については忘れることのない記憶を有していた筈である。

3  被告ら代理人は、右自白をするに至つた理由として、代理人自ら、(一)京都市事務分掌規則、局長等専決規程等を参照しなかつたこと、(二)当時の建設企画室北部開発課長太田武之よりもつと詳細に計画道路着工に至るまでの経過を聴取しなかつたことを挙げている。そして、被告ら、証人太田武之の本件証拠調における供述は、被告らは本件工事の施行決定書を決裁して請負契約をさせたが、具体的な工事を着手する指示は、課長太田武之がしたもので、局長又は室長である被告らはこれに全く関与していないというものである。

しかし、被告らが代理人に対し右のような供述をしていたとすれば、代理人が前記のような自白をするとは考えられない。第一に、被告らの供述によると、工事着手命令には関与していないというのであるから、工事着手命令に関する右規則、規程を参照しなかつたことが、代理人の右自白の原因になる筈はない。かえつて、代理人が工事着手命令に関する右規則、規程を錯誤の理由として援用していることは、被告らが、右規則、規程上で権限、責任があるかどうかはともかくとして、事実的な行為としては、工事着手についての指示、関与をした旨を代理人に説明したものではないかと強く疑われるところである。第二に、本件で自白の対象となつた行為は、太田武之の行為ではなく、被告ら自身の行為であるから、代理人が被告ら本人から事情を聴取している(被告ら代理人もこれを否定はしていない)以上、太田武之からの事情聴取が不十分であつたことと、誤つた自白をしてしまつたこととがどのように結びつくか理解できない。

このように、被告ら自身の行為について、誤つた自白をしたという理由が見出せないことは、右自白と反対趣旨の被告ら本人尋問の結果の信用性を疑わせるものである。

4  被告ら代理人は第一回口頭弁論期日には、右工事をさせたことを自白したのみならず、第二回口頭弁論期日(昭和五七年一二月一七日)には、被告らの行為が違法ではあるが、故意重過失があるとは認められないことを裏付ける事情を詳細に主張している。証人太田武之の証言によれば、同人は証人として取調べられた昭和五八年一〇月一四日の直前に初めて被告ら代理人と面接したことが認められるから、被告ら代理人は右事情を被告ら本人から聴取したところにもとづいて主張したものと認められる。

5  被告らが自白を撤回したのは、第一回弁論期日から一年一か月も経過したのちであり、しかも、本件工事につき被告らの指示がないとする証人太田武之(被告らの下僚の課長)の証言があつたのちである。

6  被告杉本昭男は、朝日新聞記者に対し、「違反(工事)であることは承知していたが、一一月下旬には雪が積もる山間部なので、この時機にできるだけ工事を進めておかないと、今年度は何もできなくなる。業者との契約問題もあり、着工させた。申訳ない。」と述べ、このことは昭和五六年一〇月二三日の朝日新聞京都版朝刊に掲載されたことが、前記甲四号証の四により認められる。

7  被告らは、局長等専決規程等(その内容については、後記四20)を引用して、工事の着手及び一時中止命令に関する事項は被告らの下僚である北部開発課長太田武之の専決事項であり、被告らは本件工事の着手命令には関与していないと主張している。しかし、被告らが、本件工事につき着手命令以外の方法では工事をさせたことのないことの立証がない(なお、後記四7)から、これのみで前記自白の撤回を許すべきものではない。そのうえ、右専決規程等によると、局長、室長は所管職員を指揮監督する職務があり、課長は専決権限を有する事項についても、重要又は異例と認められる事項または解釈上疑義のある事項については上司の決定を受けなければならないとされているところ、(一)前記3第一の事情、(二)昭和五六年九月上旬には、大津市などより、本件工事と同一の整備計画に属する大見総合公園の建設に対して反対の方向とも解される態度が示され始めたことは後記四9認定のとおりで、京都市としてはこれに慎重に対応せねばならない時期であつたと解されるから、本件工事の着手も上司の判断を求めるべき重要な問題とされた可能性があること、(三)本件工事は本来違法なものであるから、この点でも着手は重要な判断であること、(四)後記四15のとおり、本件工事の中止については、専決規程の上では着手と同様に課長が一応の専決権者となつているが、被告らが相談のうえ、課長にこれを命じていることからすると、本件工事の着手の命令については、被告らは関係していない旨の証人太田武之の証言、被告ら本人尋問の結果は容易に信用することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

四本件違法工事の事情

<証拠>によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  京都市は昭和五五年に、京都市北部周辺地域(大見地区)整備基本計画を公表した。それは、同市左京区大原大見地区に市民のレクリエーションのための広域公園(大見総合公園)を建設すると共に、この公園に至るため同区大原小出石町の一般国道三六九号線より本件土地を経て右公園に至り、更に同区花背大布施町の主要府道京都広河原美山線に至る巾員八・五メートルの道路(仮称、小出石大布施線)をも建設するというものであつた。この計画は京都市では計画局によつてされたが、その実際上の建設は建設局が担当することになつていた。

2  農林水産大臣は昭和五六年四月一〇日付で京都府知事に対し京都市北部周辺地域整備事業に保安林を編入することに異存はなく、あらかじめ森林法の規定にもとづき保安林指定の解除の手続をとるようにとの通知をし、京都府知事は同月一七日京都市長に対し右の回答を伝えた。

3  京都市長は昭和五六年六月一日京都府知事に対し本件土地ほかについての保安林指定の解除を求める農林水産大臣宛の申請書を提出した。

4  被告杉本昭男は、昭和五六年三月までは建設局土木計画課長であつたが、同年四月以降同局建設企画室長兼同室土木計画課長を命じられた。同被告は前記1の計画に課長として関係していた。同被告は前記3の保安林指定解除の申請にも関与しており、道路建設予定の本件土地が保安林に指定されていることも知つていた。

5  被告浪江司は昭和五六年六月一六日に京都市建設局長を命じられて着任した。この際に同局建設企画室北部開発課長太田武之から北部周辺地域整備事業についての説明を聴取したが、その中で、道路を建設予定の本件土地が保安林の指定をうけているので、その解除を申請中であるが、その解除は未だされていないことも知らされた。なお、被告浪江司はこれ以前にも昭和五一年から昭和五四年まで建設局技術長の職にあつたので、同局における仕事の内容、流れについては良く知つていた。

6  京都市は、京都林務事務所長より、昭和五六年三月三一日及び同年七月二三日の二回に亘り、前記道路建設のため、保安林である本件土地を含む土地について、地上の立木を皆伐することの許可をうけ、同年九月二日、本件土地に近接する工事影響区域の土地について、形質変更の許可をうけた。

7  建設局長の被告浪江司、同局建設企画室長の被告杉本昭男らは、昭和五六年七月二二日ころ、本件土地を含む土地につき山林の形質を変更するなどして計四九六メートルの道路を昭和五七年三月三一日限り請負人をして建設させる旨を決定し、その旨の工事施行決定書を決裁した。右決裁があつたので、被告杉本昭男は昭和五六年八月一日に理財局に対し右工事施行決定に従つた工事請負契約の締結を要求した。理財局は要求に従い業者に契約内容を提示して入札を行つて請負金額、請負人を決定し、京都市と請負人横田建設株式会社との間に、昭和五六年八月二七日に、右建設工事につき請負金額一億九八〇〇万円、工事期間昭和五七年三月三一日限りとして工事請負契約が締結された。なお被告らの右決定、決裁は、上司の命により自己の意思に反してやむなく行つたものではなかつた。

8  保安林指定解除の申請から解除告示がされる迄には、森林法三二条四項に定める四〇日の期間のほかにも相当の期間を必要とするのが通常であり、京都市が申請人となつた後記18の過去の三事例では、道路拡巾のための小面積のものであるに拘らず、申請から解除告示まで六月半ないし一〇月半を必要としていた。また、本件土地付近は山間部であるため冬期には積雪が多く工事を行えない可能性が大きく、現に後記18(一)の工事は、本件土地付近で直前の冬に行われたものであるが、昭和五五年一二月一五日から翌五六年三月一五日まで九一日間は積雪のため工事を行うことができなかつた。これらのことからすると、本件土地についての前記7の道路建設工事は保安林指定解除告示ののちに着工したのでは契約工事期限の昭和五七年三月三一日迄に完成させることは困難なものであり、被告らを含む京都市建設局職員らは、保安林指定解除告示前に右工事を着工させることを前提として、工事施行の決定、決裁をしたものであつた。

9  大津市議会では昭和五六年九月一日に、京都市計画の大見総合公園建設工事がその下流の葛川、ひいては琵琶湖の汚染につながるとの議論がされ、大津市長は京都市に対して右工事の下流への影響についての回答を求めることを市議会で約束し、このことは同月二日の新聞に報道された。

更に、同議会総務常任委員会は同月四日に、右工事地区の下流にあたる大津市葛川地区の自治会、漁業協同組合より出されていた、葛川の清流の汚染を排除するために適切な処置をとつてほしいとの陳情を採択し、同市企画部長は、京都市にアセスメントの実施や公害防止、環境保全協定締結の申入れをしたいと述べ、このことは同月五日の新聞に報道された。

また、滋賀県は京都市庁建設局と右工事の同県内への影響と対策について同月一一日に協議する予定であると公表し、このことは同月五日の新聞に報道された。

10  京都府知事は、昭和五六年九月四日農林水産大臣に対し、前記3の申請書を、その申請どおりの指定解除処分もやむをえない旨の意見書を付して、進達した。

11  横田建設株式会社は、契約締結の翌日の昭和五六年八月二八日より直ちに工事の準備に入り、作業手順の立案、京都市に提出すべき工程表その他の書類の作成、人夫、工具の手配、借地契約締結などに約二週間を要したあと、昭和五六年九月一一日には現地で雑木の整理を行い、同月一五日ころに建設機械を使用して本件土地につき伐開、除根、切土等の工事を始めた。

12  右の間に、京都市建設局の職員は横田建設株式会社と工事についての打合わせを行い、昭和五六年九月四日には京都市役所において被告杉本昭男も出席して打合会を持つた。

13  建設局建設企画室北部開発課長太田武之は、係長を通じて昭和五六年九月一二日ころ横田建設株式会社に対し、請負の道路建設工事に着手し、進行させてもよい旨を伝えた。

14  京都府知事は昭和五六年九月三〇日京都市長に対し、農林水産大臣より右申請の保安林指定解除をする予定であるとの通知があつた旨を通知し、同年一〇月二日その旨の告示をした。

15  横田建設株式会社による工事は進行し、本件土地についても土砂を削り、ならすなどして道路状の形にされたが、この間京都市建設局の職員より保安林指定未解除を理由に工事の取止めを求められたことはなかつた。しかし昭和五六年一〇月上旬に京都大学理学部教官、大津市葛川学区自治連合会等より工事の中止を求めたり、原告の一人が工事の適法性について疑問を持つ行動をしたため、被告らは相談のうえ北部開発課長太田武之に命じて、横田建設株式会社に工事を一時中止するように指示させた。

16  京都市左京区大原小出石町の住民ほか計二二名は昭和五六年一〇月三一日、右保安林指定解除に反対する旨の農林水産大臣宛の意見書(森林法三二条一項)を提出した。

17  京都市は昭和五七年二月二三日前記3の保安林指定解除申請を取下げた。

18  京都市は本件以前にも、次のとおり三回に亘り、保安林指定解除の申請後に、未だ解除がされていないのに、森林法に違反する形質変更の道路工事を行つたことがあつた。

(一)  市道大原一七号線道路拡巾整備工事

保安林指定解除申請 昭和五五年六月二七日

工事期間 昭和五五年一〇月九日から昭和五六年八月二六日まで

保安林指定解除告示 昭和五六年五月一六日

保安林指定解除の面積 〇・三七四ヘクタール

(二)  主要地方道京都京北線道路拡巾整備工事

保安林指定解除申請 昭和五五年七月二九日

工事期間 昭和五五年八月三〇日から昭和五六年三月一四日まで

保安林指定解除告示 昭和五六年二月一四日

保安林指定解除の面積 〇・一二四七ヘクタール

(三)  一般国道三六七号線道路拡巾整備工事

保安林指定解除申請 昭和五五年一〇月二七日

工事期間 右申請のころより昭和五七年五月三一日まで

保安林指定解除告示 昭和五六年七月二二日

保安林指定解除の面積 〇・四三九ヘクタール

19  右18の森林法違反の道路工事について、京都市は監督官庁から注意を受けたことはなかつた(もつとも、監督官庁が右工事を知つていたとの立証はない)。

20  京都市事務分掌規則(昭和二二年一二月一七日規則第八一号)は、局長、室長、課長及び係長は、上司の命を受け、所掌事務を掌理し、所属職員を指揮監督すると定めている(三条一項)。

同市の局長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第二号)は、工事の着手及び一時中止命令に関することを、工事担当課長の専決事項とし(三条、別表第1)、その専決すべき課長はその主管事務について専決し、その責任を負うものとする(二条一項)が、その課長は、重要もしくは異例と認める事項または解釈上疑義のある事項については、上司の決定を受けなければならない(二条二項)としている。

同市総務局長の専決規程の運用についてと題する依命通達(昭和五七年四月一日総調文第一号)は、右規定の運用について、専決者は、その専決事項について自ら判断し、決定することが原則であるが、権限の行使に当つては、常に市の方針、市政の動向等を慎重に考慮し、重要又は異例と判断した案件については、速やかに上司の方針を求めるとともに、決定後においても、適宜にその結果について報告を行うこととしている。

五被告らの責任

以上確定の事実によれば、被告らは、本件土地が保安林であつて未だその指定解除がされていないことと森林法三四条二項が存することを知りながら、本件違法工事をさせ、そのため京都市に七〇万九四〇〇円の支出をさせたのであるから、少なくともこれにつき重過失があることは明らかである。

被告らは、(一)京都市において保安林指定解除前に形質変更の工事に着手した例が三件あること、(二)それについて監督官庁から注意を受けたことがないこと、(三)本件について京都林務事務所主査が事前着工を黙認していたこと、(四)工事影響区域については形質変更の許可、本件土地について立木皆伐の許可がされていること、を挙げて、これらの事実によると、被告らが保安林指定解除前に工事をさせたことには重過失はないと主張する。

右主張の事実のうち、(一)、(二)、(四)の事実が認められることは、前記四に判断のとおりである。もつとも、右(二)の点については、監督官庁において右(一)の事前着工の事実を知つていたと認めるに足る証拠はない。なお、被告らが前記本件工事をさせたのは、自らの信念には反するが、上司の命があつたため、やむなく行つたものとは、本件全証拠によるも認められないし、その旨の主張もない。

しかしながら、右(一)、(二)、(四)の事実が被告らの責任を免れさせるものとは解することができない。被告らは、本件土地について保安林指定解除がされていないことや森林法三四条二項が存することを知つていたのであるから、かつて京都市が森林法三四条二項に反する違法な工事をしたことがあり、それにつき監督官庁から注意を受けたことがないことから、保安林指定解除前に形質変更の本件工事をすることが法律上適法であると信じたとは到底認めることができず、そのように認めるに足る証拠もない。仮に、被告らがそのように法律上適法であると信じたとすれば、法に従つて行政を行うべき公務員としては重大な過失があつたといわなければならない。下級職員ならばともかく、市長部局の職員としては、助役を除くと、最上位(局長)又はこれに次ぐ(室長)職(前記乙一七号証の一)を占める被告らとしては、最近に三件の違法工事事例があつたとしても、それが違法と知つている以上、その違法な取扱いを将来に亘つては改めるべきものであつて、その違法事例に従つたからといつて責任を免除されるものではない。なお、仮に被告らの右主張(三)のように、保安林指定解除や保安林内の形質変更許可についての権限を有するわけでもない京都林務事務所主査が、正式の手続によることなく、事前着工を黙認したとしても、右判断に異なるところはない。

六結論

以上判断のとおり、被告らは、少なくとも重大な過失により、森林法に違反する違法な本件工事をさせて、京都市に原状回復費用として計七〇万九四〇〇円の支出をやむなくさせたものであるから、連帯して京都市に対し、七〇万九四〇〇円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五七年九月四日より右支払まで年五パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務がある。この支払を求める原告らの代位請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用は行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して被告らの負担とし、仮執行宣言は必要とは認めないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官武田多喜子 裁判官長久保尚善)

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